今年の弁理士の日記念ブログのお題は、「知財業界の職業病」とのことです。先日、大学の授業で、宗教についてちょっとだけ勉強したので、うまくいくかどうかわかりませんが、トライしてみます。

明細書を書き、拒絶理由通知書・拒絶査定のコメントを書いては応答をし、案件が事務所を介して出願人様と特許庁との間を行きつ戻りつし、いわば輪廻のように段階が経ていくのを見ながら、案件が輪廻を解脱するために、出願人様にはその案件ごとに悟りを開いていただけるよう、日々励んでいます。

出願案件が多くなると、こうすれば解脱できたので、ここはこうすべきだ、とか、こうしたらダメだったので、そこはこうしてはいけない、という知識が豊富になり、いつの間にか、これらが絶対的な規則として守らなければいけないということになられた方々が知財業界には多いように思われます。それはあたかも、古代イスラエルでファリサイ派が、日々の生活で事細かに、律法を厳守していたのに比肩できるかのようです。

ということで、知財業界の職業病は、病と言えるかどうかはおいていて、徹底した「律法主義化」ではないかと思います。



イスラエルは義の律法を追ひ求めたれど、その律法に至らざりき。なんの故か、かれらは信仰によらず、行為によりて追ひ求めたる故なり。彼らは躓く石に躓きたり。
(ロマ人への書9章31〜32節:日本聖書協会)